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F [国内ウロウロ]

ホンダ・コレクションホールの最終回。
3階はモータースポーツのエリア。
ホンダの歴史はモータースポーツとともにあるといっても過言ではない。 
 
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二輪のほうはやはりよくわからないので、さらっと流す。
 






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2階で見たNRのピストン。
市販車フロアの記事でも書いたが、当時の WGP のレギュレーションの中で、4ストロークのエンジンで2スト勢に対抗すべく、「4気筒まで」というレギュレーションの中で多気筒のメリットを出すべく開発された。
モータースポーツは、限られたレギュレーションの中で、いかに他を制する技術を取り入れることができるか、その独創的な発想力が問われる。
楕円ピストンなんて、他じゃ絶対に出てこなかっただろう。






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いよいよお目当ての四輪のモータースポーツエリア。

ホンダといえばやはりF1。
この記事の冒頭に、「ホンダの歴史はモータースポーツとともにある」と書いたが、「ホンダ四輪の歴史は F1 とともにある」とも言える。
最初の参戦は'64年なので、まだ国内四輪市場に参入していなかった頃。
四輪の市販車を造っていなかったメーカがいきなり最高峰のF1に参戦するなんてあり得る?
 




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'64年に世界の舞台に立った RA271。 
12気筒を横置き。
世界の常識を知らなかったからこそなのか、二輪の技術をフィードバックした成果なのか。
 
 

 

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'65年の RA272。 
ホンダの挑戦は、2年目の最終戦メキシコGP で早くも勝利を記録する。
 




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'66年の RA273。
前年までの排気量 1.5L から 3.0L となり、新たな挑戦。
 




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大きくなったエンジンは、一般的な縦置きとなる。
 




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'67年の RA300。
第9戦イタリアGP から投入され、 デビューウィン。
結果的に、これが第一期の最後の勝利となる。
 




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この年までで特徴的なのは、V型各バンクの外側から吸気して内側が排気となった独特のレイアウト。
 




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'68年の RA301。
この年から、Vバンク内側吸気、外側排気に。
 
この後、空冷エンジンを搭載した RA302 というマシンがシーズン途中に投入されるが、クラッシュによりドライバーのシュレッサーが死亡。
その曰くつきのマシンの展示はなかった。
 
第一期は2勝に終わったが、ゼロからシャーシもエンジンものオールホンダでの参戦ということを考えると、驚異の成績だったといえるのではないだろうか。

 
 
数年後、エンジンサプライヤとしてサーキットに戻ってきたホンダは、まずはF2で実績を重ねていく。
 
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'84年にヨーロッパ F2 を戦ったラルト・ホンダ RH-6-84。
 




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F2 での活動とラップさせて、'83年第9戦イギリスGPで、スピリット・ホンダ 201C としてF1に復帰。
このスピリットというチームは、ホンダが F2 で組んでいたチームで、そろってのF1参戦。
今から思えば、後に強豪ウィリアムズに供給する前の試験的なチームだった。
 




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ウィリアムズ・ホンダ FW09。 
2年目の '84年はウィリアムズと組んで、ケケ・ロズベルグのドライブで第9戦アメリカGP で復帰後初優勝。






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ウィリアムズ・ホンダ FW11 
'86年は、ネルソン・ピケ、ナイジェル・マンセルとともに、コンストラクターズタイトルを獲得。
ここから第二期の快進撃が始まった。
 
 
 
 
 
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'87年、日本人初のフルタイムF1ドライバー中嶋悟のロータス99T。
チームメイトはアイルトン・セナ。

第二期のホンダはエンジンサプライヤとして勝ちまくった。
特に'88年は圧巻で、全16戦中15勝。落とした1勝も、不運に巻き込まれた形でのリタイアであり、シリーズ全勝もありえた。

 
 
 
 
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'92年、第二期最後のシーズンを戦ったマクラーレンP4/7。
この頃になるとルノーが台頭し、常勝ホンダはタイトルを落とした。
いや、ルノーエンジンに負けたというよりも、エンジンパワーで勝てる時代ではなくなった、つまり、ホンダのエンジンであってもマシントータルのパッケージが優れていなければ勝てない時代になった。
第二期撤退の表向きの理由は、バブル崩壊後の経営建て直しということだったが、年間100億、200億をかけても勝てなくなったので費用対効果が合わなくなったということも大きいだろう。

 
 
 
第三期は、エンジン供給はもちろん、チームとの技術的関係を強化して車体側開発にも積極的にかかわっていくというスタイルで参戦、後にBARをチーム丸ごと買い取り、オールHONDAとしての参戦となる。
 
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第三期のマシンの展示で最も初期のものはこちらの '02年、ジョーダン・ホンダ EJ12。
佐藤琢磨選手のデビューを飾ったマシン。
鈴鹿での5位入賞が印象的だった。
 




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04年のBAR・ホンダ006 は、第三期時に最も輝いていたマシン。
フェラーリ圧勝のシーズンの中、勝利を刻むことはできなかったが、フェラーリ以外のチームの中ではコンスタントに上位を走り、コンストラクターズ2位となった。
佐藤琢磨も表彰台を含む活躍でドライバーズランキング8位に。
 
 




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BARを買い取って、All HONDAとなってからは残念ながら下降の一途。
こちらは、'06年のホンダRA106。
第13戦ハンガリーGP でジェンソン・バトンが優勝し、第三期唯一の勝利を記録したが、ホンダの強さを見せられたかというと...
 




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第三期最後のマシンとなった'08年のホンダRA108。 
この時期のF1は、どのマシンも空力付加物がやたらと多く、マシンの姿は年々醜いものになっていった。
今見てもほんとにかっこ悪いが、これはホンダに限らず全てのチームがそうだった。
第三期撤退の表向きの理由は、リーマンショック。
撤退直後シーズンである'09年、ホンダの後継チームであるブラウン(ホンダが'09年用に開発したマシンを引き継いだと言われている)が圧倒的強さでシーズンを制しただけに、もう1シーズン頑張っていれば、と思わずにはいられない。ブラウンの強さは、メルセデスエンジンのおかげだっただけではないはず。





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F1 ばかりを紹介したが、もちろんそれだけでなく、国内スーパーGTや、米インディカーマシンとかも展示。

残念だったのは、市販車の展示同様に、最近のマシンの展示はなく、最も新しいのが'08年のF1 HONDA RA108だったこと。
現役マシンの展示が無理なのは当たり前だが、できるだけ新しい展示というのも見たかった。

ここの展示車のすごいのは、全てのクルマが動態保存、いつでも走ることができる状態で保存されていること。
50年近く前のF1が、見た目だけのハリボテではなく、水、オイル、燃料を入れれば走るとは、如何に管理がきちんとなされているかというもの。
その苦労やこだわりは、並大抵のことではないだろう。
こうした情熱が実を結び、いつかホンダが再び輝く日が来るのを待ちたい。
 

おまけ
 
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コレクションホール内にはショップも併設。
ホンダグッズだけでなく、栃木のお菓子とかのお土産も購入可能。
 




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1000円の入場券に対して、園内で利用できるチケットが500円ついているので、実質の入場料は500円。
ショップでお土産を購入するのに利用させていただいた。

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コメント 12

めぎ

F1って、今も人気なんでしょうか。
以前は見ている人がまわりにいっぱいいたように思うんですが、最近はそういえば話題にもならないです。
by めぎ (2016-05-26 01:36) 

YAP

めぎさん、コメント & nice! ありがとうございます。
ドイツでもそんな感じですか?
ベッテル(ドイツ語発音だとフェテルですかね)をはじめ、ドイツ人ドライバーはけっこういますけど、やはりドイツでは今でもシューマッハ人気の方が高いのでしょうか。
日本では、もう無料で見られるチャンネルはなくなり、有料のCSのみです。
私は以前からCSで見ていますので影響ないですが。
生放送なので、放送よりもネットとかで先に結果がわかってしまう、みたいなことがないし、何よりも日曜の夜に夜更かしする必要がないのがいいです。

Amyさん、tochiさん、takayouさん、nice! ありがとうございます。
by YAP (2016-05-26 07:29) 

kuwachan

中島選手がF1に参加した頃は私でさえテレビでF1を見ていました^^
フジテレビの放送のエンディングに流れる「In This Country」の曲が好きでした♪
by kuwachan (2016-05-26 12:14) 

luckystream

初期のころのマシン、今見てもカッコいいですねぇ。
セナが亡くなった時は泣いてしまいました。懐かしい。
あの頃は夢中でしたが、あまり見なくなりました。
マシンがかっこ悪いし個性がなくて。
by luckystream (2016-05-26 16:46) 

ナツパパ

ホンダとF1は切っても切れない縁があるのですね。
挑戦する姿勢がわたしは好きです。
海老沢泰久さんの本2冊、F1と、当時のホンダについて書かれた中では、
集中の白眉では無かろうかと思います。
今年ももがいているホンダエンジンですが、がんばって欲しいものです。
by ナツパパ (2016-05-26 18:07) 

YAP

kuwachanさん、luckystreamさん、ナツパパさん、コメント & nice! ありがとうございます。

kuwachanさん、
あの頃は、日本では一大ブームでしたからね。
けど、あの時代までは(ほぼ)リアルタイムでの放送どころか、まともにメディアで取り上げられることもありませんでしたから、大きな転機だったと思います。

luckystreamさん、
マシンがかっこ悪くなったというのは同意です。
私が好きだったのは、'70年代後半のデザインです。
ホンダは参戦していなかった頃なので、ここにその頃の展示はありませんでしたが。

ナツパパさん、
第三期の参戦後は、なんだかもがいているというか、方向が定まっていないように見えます。
技術的なハードルも高くなっているということはありますが。

gillmanさん、コミックンさん、大和さん、濱の寅次郎さん、mentaikoさん、宝生富貴さん、モグラたたきさん、AKIさん、shingekiさん、dougakunenさん、リュカさん、nandenkandenさん、mangaharaさん、banpeiyuさん、ちんくろ2級さん、knackeさん、eva-shinさん、sheriさん、nice! ありがとうございます。
by YAP (2016-05-27 06:08) 

orange

モータースポーツが有って新技術の開発も進むのでしょうね。
ルマンもF1も好きです。レーシングカートくらいは、一度運転してみたいです^^(笑)
by orange (2016-05-28 12:58) 

YAP

orangeさん、コメント & nice! ありがとうございます。
今のレギュレーションでは、パワートレインの技術は市販車にもフィードバックできるものですので、メーカも大義を振りかざして参加できます。
レーシングカートは、遠心クラッチを使ったモデルは初心者でも乗りやすく、楽しめると思います。
by YAP (2016-05-28 17:58) 

ジャランこ

こんにちは。
Fって何?と思ったら車のことでしたか!

V6と共演の地上波デビューすごいです。
by ジャランこ (2016-05-28 21:24) 

YAP

ジャランこさん、コメントありがとうございます。
"F" は、Formula の F です。F1 とか F2 とかの。
昔、"F" という名のレースを題材にした漫画があり、そこからパクりました。
by YAP (2016-05-29 06:16) 

ふにゃいの

セナの頃は、ほんとみんな見てましたね。
私でさえ見てました。
ちなみに「In This Country」は
私の好きなRobin Zanderが歌ってるんですけどね^m^

by ふにゃいの (2016-05-29 15:39) 

YAP

ふにゃいのさん、コメント & nice! ありがとうございます。
"In This Country" はおぼえている人も多いですね。
深夜に放送が終わり、レースの熱い余韻を感動的に静かに締めくくってくれる曲でしたね。
by YAP (2016-05-29 15:48) 

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