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VW ゲート [クルマ]

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9月のフランクフルトモーターショーの最中に発覚した、フォルクスワーゲン(以下VW)の排ガス不正問題について。
同じ自動車業界で働く者として、これに触れないのは不自然と思いつつも、どこでだれが見ているかもわからないネット社会の中で軽はずみで無責任な発言もできない(自分自身のコンプライアンスの問題にもつながりかねない)ので、これまで黙ってきていた。
ここらで、書ける範囲での業界事情的なことを、一般の人にもできるだけわかりやすいように説明し、この問題の大きさをご理解いただければと思う。
ただし、私自身は当然ながらVWディーゼルゲートの当事者であるわけではないし、この事件そのものについての言及は報道で知りえた内容と自分の知識の中での想像の範囲内であり、誤解も含んでいる可能性があることは予めお断りしておく。

まず、事の顛末を簡単に説明しておく。
'08年以降に北米で販売された VW のディーゼル車において、実走行時の排ガスが法規制値よりも悪いという事実が発覚した。
米環境保護局(EPA)において認可のための排ガス試験を受けてパスしているはずだが、実は、エンジン制御システムが排ガス測定試験中だと判断したときのみ排ガスが浄化されるような制御が組み込まれており、そうでないリアルな一般道を走行時はその排ガス浄化機能の一部が働かないようになり、パフォーマンスを優先させて規制値以上の排ガスを出してしまうような状態になっていた。
要は、認証検査時だけインチキをしていたということだ。

一般ユーザーの方は、クルマの排ガスとか特に気にかけたこともないだろうが(汚いよりはきれいなほうがいい、くらいには思われているだろうが)、出力がどれだけ高いとか、燃費がどれだけ良いとか、そういうわかりやすい性能よりも排ガス中の有害成分の値のほうが自動車メーカにとってははるかに重要視されている。
なぜならば、各地域の排ガス規制値をクリアしなければ、クルマの販売そのものが許可されないから。
極端なことを書くと、最高出力が 30馬力しか出なかったり、モード燃費が 2km/L くらいだったりのように、それらの数値がどんなに性能的に低くて商品として魅力がないとしても、そのクルマを販売することに何も法的問題はない。
だが、排ガスは違う。
その厳しさは年々増しており、特に北米は世界一厳しいため、技術・コスト的に対応しきれないメーカは、北米市場に進出できなかったり、撤退することもあるくらい。(最近では、'12年にスズキが北米市場から撤退している。)
最近の厳しくなった排ガス規制では、大気中の有害物質よりも、排ガス中の有害物質のほうが少ないくらいにまでなっている。
だからといって、クルマが空気清浄機のような働きをして、走れば走るだけ大気がきれいになるかというと、そうでもない。
この辺からが、VWゲートも含めての話のポイントになってくる。

クルマの排ガスや燃費は、各国・地域で定められた走行パターンを走った結果で判断される。
例えば、日本であれば、JC08モードという次の図で示すパターンで走行する。
(国や地域によって走行パターンが異なる。)

グラフ:JC08モード走行の特徴

図はJAFのホームページより引用。
http://www.jaf.or.jp/qa/mechanism/commentary/03.htm



 

10・15モードでも、JC08モードでも測定法法自体はシャシダイナモと云う機械の上に載せて、排ガス測定のついでに測...

こちらは Yahoo! 知恵袋に投稿されていたQ&Aで貼られていた図から引用。
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1382978573 

実際の路上を走行するわけではなく、スポーツジムにあるランニングマシンのような設備にクルマを固定し、定められたパターンで走行したときの排ガスをサンプリングする。
クルマのカタログに記載されるモード燃費の値は、このときにサンプルした CO2 の量をガソリンの消費量に換算し、わかりやすい "km/L" という単位に置き換えられている。

少し話が脱線するが、ここらで勘のいい人なら少し気づいたことがあるかもしれない。
自分のクルマの燃費がカタログ値よりも悪いと嘆く人は少なくないだろう。
特に都市部では、多くの信号や渋滞で排ガスモードのような運転パターンよりも燃費的に不利な条件で運転されてしまい、燃費の値が悪くなってしまう。
エアコンを入れて走るのも一因だ。(排ガス試験中はエアコンはオフで測定。)

排ガスも同様で、排ガス試験のモードパターンを走行する限りは、キレイで無害な排ガスを出す。
が、走行パターンが異なれば(特に高回転、高負荷を多く使うような運転をしていれば)、その限りではない。
この辺りで、「それじゃ全てのクルマがインチキしているのか?」と疑いを持たれるかもしれないが、事実として、ありとあらゆる運転条件で大気よりもきれいな排ガスを出すクルマは、技術的に世界中に存在しないし、それは規制当局も含めてこれに関わる全ての人が承知している。
VW を擁護するわけではないが、それが現実であり、「実走行で規制値以上の排ガスが出ている!」と騒がれたところで、そりゃ運転パターンが違えばそういう排ガスが悪い条件で走るケースもあるでしょ、となる。
極端なことを書けば、そのクルマを販売する国や地域の排ガス試験走行パターン限定で排ガスが規制値を満足できれば、法規上はそれでいい。

では、なぜ VW のケースはアウトになったのか?
それは、VW が使用していたエンジン制御システムが、排ガス試験中だということを検知したときのみ、パフォーマンスを犠牲にして排ガスを浄化するような制御を行なっていたとわかったから。
一定時間ステアリングが操作されなかったり、駆動輪(FF車の場合前輪)のみが動いていたり、そのような実走行ではあり得ない車両の動きを検知して特殊なエンジン制御が働いたとされている。
この明らかにトリッキーな動きが問題となった。
法的にも倫理的にも問題があるのは明白であり、何も言い逃れはできない。

では、合法、非合法はどこで線が引かれるのか?
これは、あまり踏み込んで書けないが、メーカによって解釈は様々である。
VW のケースだって、今まで明らかになってなかったくらいで、排ガス試験にパスしていたのは事実。
もしかしたら、担当していたエンジニアは本当に悪意なく、むしろ「おれって、もしかしたらすごい賢いことを思いついたかも」と考えていたかもしれない。(さすがにここまで悪質だとそれはないか。)
法解釈でグレーな部分は、各メーカが各国や地域の認証審査官と議論して誤解のないように明確にしていくので、そういった正しい手順を踏んでいれば、問題となることはない。

今回の VW ディーゼルゲート事件は、自動車業界最大のスキャンダルとまで言われている。
多くのメーカが改めてコンプライアンス的なことを社内で再確認しているのは間違いない。
業界全体として、正念場である。


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コメント 7

めぎ

まさにお書きになっている通りだと思いますね。
付け加えるとすれば、これを本当はドイツ政府も知っていたのではないか、ということですね・・・
by めぎ (2015-12-20 19:05) 

kuwachan

VWほどの大きな会社でさえ、アメリカの基準に対応するのは、
コスト的に大変だったということですか?
私の知識レベルだと、排ガス試験中だということを検知したときのみ、
排ガスを浄化するようにする方が大変そうに思ってしまいますが(^^ゞ
by kuwachan (2015-12-20 23:35) 

YAP

めぎさん、kuwachanさん、コメント & nice! ありがとうございます。

めぎさん、
たしかにVWはドイツで最大の自動車メーカですが、さすがにそこまで当局と癒着したような関係ではなかったと思います。
そこは厳しく線引きされていると思います。

kuwachanさん、
ディーゼルだと特にそうなのですが、燃費と排ガスって、どちらかを立てるとどちらかが...みたいな関係なんですよ。
それを両立させなければならないので難しいのです。
ユーザが気にするのは毎日の燃費なので、実燃費がいいことが商品力になりますが、販売するためには法規制値を満足しなければならず、安易な方法に逃げたんだと思われます。

tochiさん、knackeさん、kiyoさん、剛力ラブさん、nice! ありがとうございます。
by YAP (2015-12-21 07:05) 

ナツパパ

分かり易い記事、拝見して排ガス規制の仕組みがよく分かりました。
こういう話って、書く人の知識でずいぶん変わるものですが、YAPさんの
文章は、公平かつ平易でわたしのすらすら理解できました。
こういう操作が、今回だけの特殊な例であることを願うばかりです。
by ナツパパ (2015-12-21 10:09) 

YAP

ナツパパさん、コメント & nice! ありがとうございます。
最近は北京の大気汚染のニュースもあったりしますが、やはりクルマの排ガスって、重要なんですよ。
なかなか一般の方にはわからない部分だろうと思います。

Ujiki.oOさん、dougakunenさん、mentaikoさん、宝生富貴さん、モグラたたきさん、shingekiさん、nandenkandenさん、AKIさん、comomonさん、sheriさん、nice! ありがとうございます。
by YAP (2015-12-22 07:10) 

aloha

とてもわかりやすい説明で、勉強になりました。
テストのときだけインチキをした、ということですが、
実際に街中で走行したときと、すごい差があるのでしょうか?
たぶん、数値を教えて頂いてもピンとこないと思います。
これが一般人の関心が、排ガス<燃費ということなのかも・・・
by aloha (2015-12-23 01:01) 

YAP

alohaさん、コメント & nice! ありがとうございます。
たぶん数値で現れる燃費への差は、数%だと思います。
その数%が商品力としては大きな差となる場合もあります。
排ガスに対しては、けっこう効くと思います。
報道によれば、実走行時は規制値の40%くらい多くの排ガスが出ていたとのことです。

リュカさん、Amyさん、koyukiさん、nice! ありがとうございます。
by YAP (2015-12-24 07:13) 

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